早起きは三文の徳。

というけれど、最近になってやっとその意味を理解した気がする。
長年、夜行性として生きてきたオレ。夕飯も22時に食べていた。もはや夕飯ではなく夜飯だ。夜飯の時間が遅いことに対して、次女チャンクを筆頭によくクレームをもらった。オレと生活していると普通の人は太るらしい。それでチャンクはよく夜飯を抜いてはその代わりに市販されているダイエット用の変な味のするジュースを飲んでいた。
でも体系はそんなに変わっていなかった。

そのような抗議運動を形を変えては繰り返されてきた夜型なオレだが、
最近は毎朝4時に起床してつよキングを送り出している。休みの日ですら朝5時には元気ハツラツつよキング!に「ホットケーキ焼いてー」とか「ねぇねぇ、ねぇねぇ、生クリームってどうやって作るの?」とかいった具合に起こされたりしている。
つよキングの半分はあんこか生クリームでできているとオレは思う。

そんなオレの早起き生活。
ずっと自分とは遠い世界だと思っていたのに意外と続いている。そして気に入っている。
ならばぜひとも体感したいのが「早起きは三文の徳」。
何か良いことがあるはず!とひそかに期待をしていたが、今のところこれといって何もない。すばらしい朝焼けに出会うことない、小銭を拾うこともない、何か朗報が飛び込んでくることもない。
早朝すぎるのか?はじめはそう思ったりもしたが理由は簡単だった。たしかに早起きはしているが、オレのはゆとりある早起き生活とはほど遠く、何かとバタバタする朝の時間が今までより早い時間帯に変わったというだけのことだった。
朝起きて音楽を聴きながらゆっくりコーヒーを飲むこともないし、時間をかけて植物たちの世話をすることもできない。けっして優雅ではない。

そう!何か良いことが起こるための時間がないのだ。
「三文の徳」を体感するにはそれなりの時間が必要なのだ。日ごろより少し早く起きたときに起こるかもしれないミラクル、おそらくそれが「三文の徳」なのだということがわかった。ということはいつもより早めの朝3時に起きよう!よしっ!
よしっ!じゃねー吉田!
というわけで「三文の徳」はあきらめました。あきらめも肝心です。そもそもこの歳にもなって最近まで「三文の得」だと思っていたくらいだし。
吉田サウスです。どーぞよろしく