外を歩いてて車のナンバープレートの数字が「777」を発見したとき、
なんかラッキーな感じがするのね、「ふふん♪」って。
さらにはね、
トラックの運転手さんが助手席に誰もいないのに一人爆笑しながら
運転しているのを見たとき、ものすごーくラッキーな感じがするの、
「やったぜ!!」って。
「ねぇねぇ!その爆笑をボクにも分けてよ!」って。
「ラジオなの?電話なの?」って。
「あぁ、DVD流してるのか。」
「えっ何!『水曜どうでしょう』か!」
「虫追い祭ね!おもしろいよね〜。」
「寝〜釣り!寝〜釣り!」
「それ一緒に観ようよ!」
「え、ダメなの?えぇ?これから北海道に行くの?それは遠いね。」
「北海道のスターによろしくね!」
ってな具合で、
お仕事中の見ず知らずの人を引き止めて断られるまで妄想をふくらませます、
誰かと笑い合いたい吉田です。引きこもってます。

それで、
クリスマスリースがどうなってるかというと、
いい感じです。
本体のボクはボロボロだし頭もいよいよイカレ気味ですが、
リースはいい感じです。
どのようにいいかと言いますと、なんと言いますか、
今年はできるだけ人間の部分を捨ててみました。
人間の時間の速度とか自然の流れに逆らったデザインとか、
そういったものを捨ててみました。
(そんないかにもなことを言ってみましたが、本当のところは
 単に左脳が機能しなかっただけなんですけど…ね!)
一日に一度は肺を近所の森の空気でいっぱいにして、
晴れの日にはできるだけ夕焼けを浴びました。これが秘訣です。

というわけで、数はありません(←結局コレが一番言いたい)。
みなさん早めに遊びに来てね。
ウミスマスリース2012、明日解禁しまーす。

いやぁどうにもこうにもね、
一日15〜18時間寝るという病気がだいぶ良くなってね、
巣穴から出てみたら季節が変わっていました。
「あそこに行きたい。あれを食べたい。」みたいな
人間としての欲望も少しずつ戻ってきました。

日光浴が気持ちがいいです。
おでこソーラーパネルに日光をたっぷり当てる、
そこへ時折ひんやりした風がなでていく。
これが最高に気持ちいいんです。いい季節だなぁ。
と同時に、この季節はボクにとってはクリスマスリース製作の
季節でもあるわけでして、おでこソーラーパネルの充電が終わると
後ろ髪をひかれながらまた巣穴へ戻るわけです。

どなたか、
美味しいクッキーとぶどう酒を持って
遊びに来てください。
できれば赤いマントを着て来てください。
そして途中で花を摘んできてください。
赤ずきんごっこがしたいです。
ボクはお婆さん役だけど、
多少脚本を変えてオオカミには食われず、
オオカミを煮込んで待ってます。

ボクが最高潮じゃがいもに偏っていたとき、
闘病中にもかかわらずうっかりチヂミ最強レシピが完成してしまい、
その勢いで出場したチヂミヒトリ大会で
『マシソヨ・ヒトリグランプリ 2012』をうっかり受賞してしまい、
『吉田チヂミ』というお名前を頂戴したよろこびを
お社にいらっしゃるじゃがいもさまに報告したり、
田舎の母(架空の人物)に電話したりしてたとき、
三重県のドラちゃん(実在の人物)から新米 2012 が届きました。

うまーーーい。
なんて美味しいんだ新米!
味くらべのためにと「お試しセット」と称した去年米一回分も
入っていたので(これがまたいかにもドラちゃんらしい)、
そこはもちろん素直に去年米を先にいただいていたのですが、
その差たるや。歴然とはこのことか!
愕然としちゃいました。
ちょうどボクは何かに愕然としたい気持ちだったので、
願いがものすごーく大きく叶ったというかんじです。

一緒に入っていた手紙(米に埋もれていた)からは、
新米への喜びがあふれていてドラちゃんの笑顔が目に浮かびます。
だからボクは、その喜びとか笑顔もいっしょに食べるのです。
食べるのはお米だけではないのです。
美味しい季節っていうのはきっとそういうことなのです。

拝啓
じゃがいもさま、飢饉は終わりました。
想定外の病気をして数週間寝込んだりしていました。しています?
その間ボクが何で命を繋いでいたかというと、じゃがいもです。
いえ、じゃがいもさまです。
我が家には今、台所の片隅に段ボール製のじゃがいもさまのお社があります。
よれよれで買い物に行けない、でも腹は減った、
そんな時ボクはいつだってお社に駆け込みました。
「じゃがいもさま!飢饉です!」とボクは叫びます。
するとお社の奥でじゃがいもさまがふり返り、ニヤリと笑う。
その笑顔にボクは何度救われたことか…

えぇと、とにかくまぁあらゆるじゃがいも料理を攻めましたよ。
そして不思議なことにちっとも飽きない。
それどころか、
「今後の人生はじゃがいもが主食でもかまわん」と思ったり。
「ドイツ人になれるかもしれん」と思ったり。
「となると名前は『ジャーマン・P・吉田』とかに改名かな」とか。(PはポテトのPね)
「いや、チヂミが好きだから韓国人もいいなハムニダ」とか。

今年は海老に頼ったり、じゃがいもに頼ったり、ボクは救われています。
そして今自分にこう問いかける。
「たよってる」のか「かたよってる」のか。(ラップ調ね)
いずれにせよ、とても感謝してます。
先日近所の銭湯でね、
老女・若娘・ちびっ娘というすべての世代の女たちからね、
ジロジロ見られたり、じっと見られたり、
鏡越しに見られたり、ニ度見されたりしたもんだからね、
変だなって思ったのね。

近年いつもギリギリ生きてるようなこのカラッカラなボクがね、
目を見張るようなボディをしているわけはないからね。
いったいボクの何が女たちの目を引くのだろう、と。

勘のいい人はさもうわかってると思うんだけど、
ボクは自分ごとには鈍くってね、
というよりすっかり見慣れて自分では忘れていたくらいでね、
何日かたった今日ですね、
わかったのは。
歳を取るとなかなか消えないんですよね、日焼けあと。
そう、例の腹の模様ですよ。テリー&レースの。びっちり体に焼き付いてます。

「あぁこれ?
 タタリ神の呪いです。
 シシ神さまは命は救ってくれたけど、
 アザまでは消してくれませんでした。」
って次回の銭湯では言おうと思います。
通じなくてもかまいません。
そういえば去年の今日は入院した日だなぁ、
とカレンダーを見てしみじみ思いました。この一年はすさまじかった。
自分のことやら何やらで一年中病院に通っていました。
と言っても、今も変わらず自分のことやら何やらで通ってるんだけど、
気持ち的にはだいぶましです。

感謝の気持ちというのはいつまでも新鮮には持っていられなくて、
毎日の生活の中に溶け込んで薄くなってしまうんだけど、
ボクの中のどこかでは形を変えて濃くなっているような気がします。
たとえば、自力で歩けることのありがたさを
深く噛みしめることは今はもうあまりないけど、
たとえば、街中で歩くことが困難な人がいたとして、
昔よりも敏感に手伝えるようになったような気がします。
ドラちゃんがチビラを連れて帰省しているので、
次女チャンクと喜び勇んで会いに行ってきました。町田。
なんてかわいいんだチビラよ!
この無垢な時期にできるだけ会っといた方がいいのを
ボクもチャンクも知っている。
思春期が来たらホルモンに支配されて、こんなオバサンたち(テリー&レース)
にはもう会ってくれないに決まってる。
だから今のうちにできるだけ会って、できるだけそのニコニコ光線を浴びたい。
太陽光線と違ってまる焦げにならないのがいいね、ニコニコ光線。

こわいオバサン2人に緊張した次男が必死に母のおっぱいを触っているのを
見て、世の男の人たちがマザコンなのが当然のように思えた。
人生はイロイロだけど、人間はオッパイとチ◯コとウ◯コの繰り返しなんだな、
としみじみ思った。(…なんのこっちゃ!)

昔は子供があまり好きではなかったドラちゃんは、
自分の子供たちによって対子供用のポテンシャルを
引き出されていました。美しく豊かに見えました。

ボクもうちのキャッツらに対キャッツ用のポテンシャルを
引き出してもらったタイプなので、よくわかります。
なんとなくずっと避けていたことや、
自分には全く関係ないと思っていたことや、
特に興味もなく見向きもしなかったこととの出会いで、
引き出される自分の知らないポテンシャル。
まだまだあるのかもしれません。