よぼよぼお爺ちゃん編 その5

その後、容態は急激に悪化していった。
8月25日
ついに尿閉(オシッコが出来なくなった)。慌てて病院へ。
力も入らず感覚もない。でも尿は溜まる一方で尿意もあるから、オシッコが漏れる〜!
という思いだけは常人でそれはそれは辛かった。
頭痛と尿意で大暴れしそうな自分を押し殺すのに精一杯だったボクは、車いすの上で激しくぐわんぐわん揺れていた。この時のボクはよぼよぼのお爺ちゃんというよりは、椅子に縛り付けられたゾンビ(バイオハザードとかの)だった。
さすがに昼間にゾンビは明らかに目立ったので、わりとすぐに処置室に通されオシッコを
出してもらえ、憧れのベットに寝かされた。よくナースさんを白衣の天使とかって言うけど、ボクには女神さまに見えました。これでようやく入院できるぜ!

現れたのは足先のとがったピカピカの黒い革靴を履いた新たな医師だった。
医師はロレツの回らないボクとの会話をすぐに諦めて、付き添っていた次女SPチャンクを
質問攻めにした。「あなた誰!」「この人いつもこんなしゃべり方っ!?」「この人なんで揺れてるの?」「この人いつからゾンビなの?」
いっぺんにたくさんのことを聞かれたチャンクは軽くパニックになり、自分はゾンビの妹
だということだけはっきり答えていた。チャンクよ、こんなボクをまだ姉として認めてくれるんだね。あぁ神様、もし、ボクがバイオハザードのゾンビのように人間の心を無くしてチャンクに噛みつこうとしたら、その時は潔くボクを銃で撃ち殺す強さをチャンクにお与えください。
そして色々なやりとりはあったものの、結果、医者にさじを投げられ、帰された。
みじめな気持ちを慰め合いながら寄り添って帰った。実際には医師の革靴の悪口を言い合いながらSPチャンクに抱えられて帰った。
「何あのピカピカ。当然あだ名はDr.革靴ですけどね。」
8月26日
近所のクリニックで尿道に管(カテーテル)を入れてもらう。
30㎝ほどの管の先にはキャップが付いていて、そのキャップを開けると自動的にオシッコが出る仕組み。管がないとオシッコが出ないのは問題だけど、この際そんなことは言ってられない。しかたない。にしても、何だこの状況は?
病名も原因も治療法もわからず入院もできずのこの状況、つまり股間から管が出ているこの状況は、精神的にもきつかった。
チャンクにお風呂に入れてもらいながら、ボクもチャンクもそれぞれの介護人生を考えた。介護をしてもらう。介護をする。
見上げると、チャンクは真夏のお風呂の熱気でおでこの生え際の毛をふわふわさせて、
鼻の下にはつぶつぶの汗をかきながらボクの体を洗っていた。子どもの時の夏休みの海で、泳ぎ疲れて、浜辺で無心で砂遊びをしていたあの子どものチャンクと同じ顔だった。
まいったな。こぼれ落ちる涙をシャワーでごまかした。
次の日、ボクはひとり集中して泣いた(40秒くらい)。
余計な感情を外に洗い流した。そしてこの状況を受け入れることにした。
先のことがわからないのは、健康だったときも今も同じだ。痛みや不安に支配されるのは
もううんざりだ。体が動かなくても心は自由でいよう。そう思えたら自分がやるべきことが明確になった。
病気のことを考えるのはボクの仕事じゃないから無駄に考えるのはやめた。だいたい医者にもわからないのにボクにわかるはずがない。
ボクは二次災害がないように努力した。手が動かなくて歯が上手く磨けなくなっていたから電動歯ブラシに替えた。虫歯にならないよう。移動したいときは介助してもらう人に最後まで手を離さないでいてもらう。骨折したらバカらしい。転げ落ちないように椅子には座らず、ご飯も床で食べる。ご飯は飲み込めなくなってきているけど、すぐにはあきらめず時間をかけて少しでも多く食べる。尿道の管はばい菌が入らないよう洗浄してもらって清潔を保つ。膀胱炎や腎不全にならないよう。実家の犬たちを撫でられないなら、言葉で話しかける。自宅の猫たちには念を飛ばす。
あと、この先たとえ何があっても面白いことにはオープンでいる。絶対に。
コスプレはよぼよぼのお爺ちゃんからゾンビに変わったけど、中身は無神経な女34歳の
今生の誓いだ。

よぼよぼお爺ちゃん編 終わり